基本的に主婦。シンガーソングライター。          (画像Cherryさん)


by koyomidon
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それでも減らなかったなんて…。

七月十一日(水)、
いつものような朝をこなし、
九時頃に遅い朝食を取り終えた頃だった。
ちょっと肩がこっていたせいかなんとなしに頭が重かった。
そうしているうちに血の気が少し引く感じがして
廊下を歩いてもまっすぐに歩けない。
ちょっと変だなと思い部屋に入って座り込み、
横になると、
妙な眩暈と吐き気がおそってきた。
医者に行ったほうがいいと判断して、
幸いにも、というべきか遅刻していた高三生に
タクシーを呼ぶように頼む。
タクシーが来てとにかく玄関までいかなくちゃとは思ったが、
この頃のめまいと吐き気のすごさと言ったら無くて、
どうやって廊下にでたかわからないくらいだった。
廊下に出ると玄関まで行けずにその場にうつぶせに倒れこんでしまった。
びっくりした高三生の娘が
「お母ちゃんどうしたの?」という声は聞こえても、
どうにも返事もできずそのままうつぶせに倒れたまま、
タクシーの運転手さんが玄関に入ってきて私を見つけ、
これは救急車だ、ということになり、
私は二度目の救急車での搬送患者となったのだった。
うつぶせになったまま、あお向けになることも、ちょっと頭の向きを
変える事もできない。
いったいどうなってしまったんだろう私は。

救急車の中でかなり嘔吐し、
病院に着くや否や
たくさんの医者やら看護婦さんの声の中、
CTなどの検査へ。
結果、脳出血はなかったとのことで一安心。
ではありますが、眩暈と吐き気変わらず…。
耳鼻科の検査へつれられるも、詳しい検査は今日はできる状態ではない、
とのことにて、
とにかく安静と点滴で入院ということになりました。
この日は午後までに、4回の嘔吐。
まったく動くことできないまま点滴生活。
一日目は絶食。
ああ、ほんとに眩暈がこんなにつらいものだとは…。
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とろとろと寝たり起きたりしているうちに
夜中になって
目が覚めると、少しめまいがおさまっていて、
なんとか、起き上がることができる。
「よかった~」
自分でトイレに行けるということがまずは嬉しかった。
次の朝、まだ軽い眩暈と全身の倦怠感は残っているものの、
だいぶ気分が良くなってきて
食事もおかゆくらいならとれそうな気がしてくる。
お昼から、おかゆ食を出してもらうことに。
まだこの時はおかゆだけ。
昼おかゆをいただき、また寝たり起きたりしているうちに、
だんだん快方に向かっていることがわかる。
心配した長女が昨日夜中に東京から戻ってきて、
今日は昼前に病院に。
2月以来で、
娘の顔を見たら安心した。
家の中のことを諸々頼む。
三日目の朝の食事はほぼ完食。
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この調子なら、家で安静にしていれば大丈夫とのことにて、
退院することに。
迎えに来てくれた娘と共に帰宅。
帰宅して減っていると確信して体重計にのるも、
な、なんと、減ってないではないですか~。
というより、むしろちと増えてさえいる。
退院のその間際まで、ずっと切れることない点滴の成果かなのかどうなのか、
私ってすごい、と感心。
あんなに大変だったのに、
体力をそんなに失わなかったのだ。
でもほんとに良いことなのだし、
病院はじめ、周囲の皆さんの治療のおかげだと
あらためて感謝であります。

戻ってきて遅いお昼に娘がうどんをつくってくれる。
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美味しい。
妹二人にお弁当も持たせたとのこと、、、
ありがたいよ。

夜、
久しぶりに親子五人での食事に、
この娘が晩御飯のしたく。
姉の言うことを実によく聞く妹達。
夫もみんなも迷惑をかけました。
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そして、
いろいろなことを考えた入院でした。
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by koyomidon | 2007-07-13 21:20 | 日記